ひそかに更新
年末のひどい風邪と腹痛を生き延び、年度末のあれやこれやに備えて体力の回復につとめている昨今ですが、みなさまいかがお過ごしですか?
いま発売中の白水社の雑誌『ふらんす』2月号に、宮下志朗『神をも騙す』(岩波書店)の書評を掲載しております。書評よりも、書店でこの本を手に取ってください。内輪の約束事を確認するためではなく、決まり事を解体するために笑うには、華やかで強靭な知性が必要なのだな、ということが、冒頭の『薔薇の名前』と笑い/喜劇をめぐる議論に触れることでよく分かります。ラブレーとモンテーニュの翻訳で知られる著者ですが、今回はあえて別のネタ(『トリスタンとイズー』、『ティル・オイレンシュピーゲル』、ヴィヨンの恩赦状、ブルネッレスキのpractical joke)を中心に、文化横断的な面白い話を次々に展開します。
正月、ワンパターンのお笑い番組に飽き飽きした方に、強くお勧めします。また、(昨年ですが、これも書評で取り上げた)デイヴィッド・ダムロッシュ『世界文学とは何か』(国書刊行会)と併読すると、なお一層楽しめること請け合いです。
昨年末に伝統ある「歴史と人間」研究会の200回記念の会合にご招待いただき、この研究会メンバーを中心に上梓された『近代イギリスを読む』(法政大学出版局)の書評を口頭で発表しました。時期も時期、しかもほとんどの方々と面識もなく、いったいどうなることやら、と不安を感じつつ、(その割に)あれやこれやと感じたことを並べてみたのですが、皆さん寛容で、ホッとしました。
私としては、近年の歴史研究の理論的展開に触れられたことは大きな収穫でした。最近の文学研究で話題の書物といえば、いかにも「理論」を卒業した「大人」なアプローチ、というか、「大人」が「子供」向けに書いたようなものが目立ち、ついつい私も優しい文学研究に走りたくなるのですが、歴史研究ではいまでも理論が研究の基礎を成すと考える方々もいて、冷や水を浴びせられた気持ちになりました。どの理論的な枠組みを採り入れるのかが、なにを歴史資料として読むのかと直結していて、これと比べれば「文学」研究における理論の扱い方は、しばしばメタレベルの問いを忘却した道具にすぎず、そのせいで理論への冷めた反応が蔓延しているのではないかと、深く反省したのでした。
















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